山陽道 草津物語~広島県の草津から~



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広島草津の蒲鉾屋
草津に多く軒を連ねた蒲鉾屋の記録

昭和の広島蒲鉾組合員1
昭和40年当時の広島蒲鉾組合員の一覧

昭和の広島蒲鉾組合員2
昭55年当時の広島蒲鉾組合員の一覧

平成の広島蒲鉾組合員
平成24年当時の広島蒲鉾組合員の一覧

平成の広島県蒲連会員
平成26年当時の広島県蒲鉾協同組合連合会の会員一覧

広島蒲鉾組合のあゆみ
広島蒲鉾組合と青年部新振会の歴史(随時更新中)

広島蒲鉾組合の歴代役員
広島蒲鉾組合歴代役員(昭和40年まで)

草津の蒲鉾が買えるお店
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※当サイトは各蒲鉾メーカー様のオフィシャルサイトではありません。

 

網節商店
広島市西区
草津東
(創業時は広電草津南駅の近く→小西屋の近くに移転→草津東に移転)

■あゆみ
父伊三郎
と蒲鉾屋を営んでいた長男の網崎節夫さんが独立して創業(1945〜1950頃?)

■人
網崎節夫(あみざきせつお)
1922年(大正11年)8月31日生まれ、2000年(平成12年)5月逝去。
父親の元で蒲鉾製造技術を磨く。1949年(昭和24年)能美島出身のキミエさんと結婚。二人三脚で網節商店を創業。丸天やゴボウ巻などの揚げ物、特に「がんす」は人気商品となる。
竹輪は、当初は手回し式の焼き機で作っていたが、製造量も増え機械式に。

■網崎節夫さん網節 網崎節夫 Setsuo Amizaki
網崎節夫さん、キミエさん夫妻

■網節のがんす
作り始めた当初は、厚みがあったが、後に現在のがんすのように薄い形にリニューアル。当初は唐辛子を入れてピリ辛に仕上げていたが、後に風味づけにニンニクを入れるようになった
草津の魚屋や旧魚市場、広島市内各所、十日市の市場、廿日市方面などでも売られていた。
店頭に並ぶとまとめ買いするお客さんも多く、いつも売り切れていたとのこと。
草津の方に話を伺うと、地元の駄菓子屋(草津の渋江商店など)でも手頃な値段で売られていたので、子供の時にいつも食べていたという人も多かった。
現在のJR西広島駅(昭和44年に改称するまでは己斐駅)のまわりには商店も多く、そこでも網節のがんすは取り扱われていた。創業当初に近い早い時期から西広島駅の朝市で販売していたとも。また、網節のがんすは鉄道などで広島県内各都市や県外にも運ばれ販売されていた。